バンクーバー新報 インタビュー記事

【本人インタビューより】

子供の頃から父に連れられ、週末ごとにモデルハウスを見て回っていた村上氏にとって、 不動産はとても身近な存在だった。大学卒業後、東京の証券会社に就職した頃はバブル期で株も不動産も高騰。 「いつか不動産の仕事をしてみたい」と思っていた村上氏は、カナダに移住した両親から誘いを受けたこともあり、 思いきって会社を辞めてカナダに渡り不動産の勉強を始めた。村上氏は弱冠26歳の時だった。

不動産のライセンスを取得後は、自分のエリアを決めて地道に一軒一軒訪ね歩くセールス活動を始めた。 だが「不動産を始めてから3年間は食べていけない」と世間で言われている通り、村上氏も顧客の獲得に苦戦した。 先の見えない20代後半、カナディアンの同僚から 「ジョージ、お前のアイデンティティは何だ?日本人という事だろ?ならば日本語の話せる事を、 仕事に最大限に生かす事を考えてはどうか」とアドバイスを受けた。 「その時は目からうろこが落ちるような思いでした」と村上氏は述懐する。 そこから村上氏は、日系人を対象にした不動産売買で実績のある会社に籍を移し、 今年初めに独立するまでの十数年間、上司や同僚から多くのサポートを受けながら経験を積んでいった。

フットワーク軽く行動に徹する

ある日の深夜、村上氏に「鍵を無くしてしまって、部屋にはいれなくて困っているんです」と電話がかかって来た。 氏が仲介して購入したコンドミニアムに暮らす女性からだった。村上氏は直ちにその場に駆けつけ、 コンドミニアムのマネージャーへ連絡を取り対処した。また「雨どいが詰まった」、 「シャワーの水の出が悪い」などと電話が入る事もしばしばで、そんな時もすぐに駆けつけ、 自ら配管の詰まりを取ったり、水道の具合を見たりと行動する。 「自分は『体育会系』ですから、頭を動かすより、体を動かすほうが得意ですから(笑)。 それにカナダに来て間もない方は、家を購入して戴いても困った時にどこに連絡すれば良いかも分からない。 そんな時、どんどん遠慮なく私に連絡して貰えたら」と村上氏は語る。

妻の典子さんはかつての村上氏の顧客。典子さんが住まいの購入を考えていた時、 知人から「村上さんはまめに動いてくれるわよ」と聞いて、迷わず連絡を取ったとか。 最近、仕事のアシスタントとして村上氏と行動を始めて、 氏が顧客に営業用の強いセールストークをしない事に典子さんは驚いたと言う。 その言葉を受けて村上氏は「私自身、買い物をする時は自分で考えて自分で決めたい方ですし、 住まい選びに関してもお客様の目で見て戴いて、ご自身でご判断して戴くのが一番だと思います。 その為にもお客様に数多くの物件を見て戴いて、 その方にぴったりな家と出会える可能性を高くするのが私の仕事だと思っています」と語った。 「お客様がハッピーになってもらえるように」とひたむきに全力投球する 「頼れるタフガイ」村上氏は不動産売買者の強い見方になってくれそうだ。

プロフィール

東京都出身。専修大学卒。
「大学の専攻は?」との問いに、「経済学部アメリカンフットボール学科でした」と語る村上氏は、 関東一部リーグで4位を獲得する程に在学中の4年間はアメフト一色だったとか。

取材中、明るく仲の良い典子・丈二夫妻の軽快な語りには、笑いが止まらなくなる程だった。 かつてブティックを 10店舗経営した経験を持つ妻の典子さんがよく見るテレビはビジネス・ニュースで、 村上氏を元気にしてくれるのがドラマ『冬のソナタ』だという話しは夫妻の日常をよく表している。

<バンクーバー新報2005年5月19日掲載記事>

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